2022.2.16更新

絞り染め|01|手仕事は失ったら終わる

1400年以上続く、絞り染めの世界。機械業から手仕事の魅力に惹かれて 絞り染めの世界に飛び込んだ、「たばた絞り」の田端 和樹さん。一枚一枚、違った仕上がりになる絞り染めは、 全てが手仕事だからこその味わいがあります。 「知られていないのは、技術が悪いからではないんです。」 そうおっしゃる田端さんが生み出す作品は、 私たちには新鮮で「新しい」と感じるものばかりです。そんな絞り染めの魅力についてお話ししてくださいました。

#1  手仕事は失ったら終わる。人生も、一度きり。

──創業して何年が経ちますか。

25歳から始めて、もう14年です。もともと父親が京鹿の子絞りの職人で、伝統工芸師だったんです。僕は初め音響の仕事につきました。絞り染めとかには全く興味もなくて、父親がしてたから存在は知ってるくらいです。時代も時代ですのであまり手仕事には興味がなくて、どっちかというと機械やコンピューターの方がやりたいなって思っていました。だけれど伝統工芸の仕事が失くなっていく現状を父から見たり聞いたりして、やはり「勿体無いな」って感じたんです。僕が10年前に入って、もうその下の若者は全くいなくて。その若い人たちも僕の父親くらいの70近くの人。コンピューターとかは機械ですから、自分の代わりの人が操作しても同じものができるんです。

──父親は手仕事だったから、亡くなったら代わりがいない、失ったらそこで終わり

誰かが後継でやればいいなって思いながらも2、3年が経って、いよいよ知り合いの職人さんがやめられたり亡くなられたりして。残った道具が全部処分されていくのを見たときに「誰もやらないなら自分がやろう」という気になりました。自分の上司に相談して、仕事を辞めて絞り染めの世界に。正社員で収入も安定していたし、結婚もしてましたけど将来的には絞り染めで安定していくのかなっていう気はしていました。葛藤はいろいろあったけど、やっぱり人生一度きりなんで、悔いが残らないようにしたいなって。

──機械業から手仕事に変わって業種が全然違いますが、戸惑いはありましたか。

毎日8時間近くあぐらの状態で座って手だけを動かすので、始めたてはしんどかったです。1日目がもっても、2日目3日目1ヶ月、1年座りっぱなしっていうのが苦痛でしたし、かといって離れると仕事ができなくなる。

──絞り染めの世界に入って、すぐに手取り足取り教えてただけたのでしょうか。

これも難しい問題がたくさんありました。僕が入った当初はまだ、着物業界も仕事があったんです。だけど、どんどん仕事がなくなって、レンタルだったり中国製になっていったり。最終的に日本の職人の仕事がなくなって、仕事の取合いになるんです。若い自分が入って技術を受け継いでという形が1番良いんでしょうけど、手を止めてまで仕事を教えて何になるのかっていう話になっちゃう。そういう問題は入ってから気づきました。入る前は若い人がいないから盛り上げることができて、応援してもらえるんかなと思ってましたけど、それも難しいですね。着物業界の仕事が減ってきたとき、私たちも父親とやってたときは2人分の仕事もなくて。そしたら父が「俺がアルバイトをするから絞りをしとけ」って。僕もアルバイトしながら絞りをして、この状況をなんとかしなきゃって。それでも仕事がない日が1、2週間続いたりもしたこともあります。

──そういった現状を見ても、続けてこれたのは何故ですか?

「この世界でやっていける」っていう変な自信があったんです。ものは凄く良いですから、誰にもできないことを若い人がやって、日本から世界に発信できる。1400年近く続いてきた伝統がここで止まるなんていうのはものが悪いわけじゃなくて、環境が問題なんです。知ってもらえたら、そこから絶対に魅力は広がると思うんです。

──絞り染めの基本は何種類あるのですか?

だいたい100種類以上はあると言われていたんですけど、技術者の継承ができなくなったり材料がなくなったりと、技術が途絶えていくことが多いので、今でいうと数十種類くらいになったのかな。職人さんは100種類のうち全部をするわけではなく、そのうちの3つから4つを専門とするんです。

──今から新しい柄を作る可能性もあるのでしょうか。

可能性としては大いにあると思います。道具がなくなる反面、逆に新しいものが増えていっていますから。
そのあたりはインクジェットプリンタとかになっちゃうのかな。やっぱり手仕事っていう条件を考えると、できることも限られてくるのかなとは思いますね。新しいことをしていくと、やっぱり失われてしまうものもありますので、そこがね。例えば昔は竹の皮を使って防染(染料が入らないようにする)をしていたこともあったんですけど、今はもうなくなってビニール、ナイロンを使うようになったりしていますし。それを使うと逆に「絞りじゃなくなっている」んじゃないか、っていう声もあったりします。定義がなくなってくるところもありますよね。絞りってじゃあなんなの?っていうところ。新しい道具でやったら「それは絞ってないよね」とかね。伝統って受け継いできたものなのに、新しいことをしたらそれは伝統なの?って思われたりもしますから。なかなか線引きが難しいところです。

(#2 に続く)